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広島高等裁判所 昭和35年(う)244号 判決 1960年10月25日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

但しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中原審証人に支給した分は全部被告人の負担とする。

理由

検事土井義明の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一、事実誤認の論旨について、

しかしながら、原判決挙示の証拠竝びに仮屋昭子、中村キク枝、山崎美津江、及び被告人の検察官事務取扱に対する各供述調書等を綜合すれば、被告人は原判示パチンコ店の従業員として勤務中、同店従業員山崎美津江と恋愛関係に陥入り夫婦約束を結んでいたが、そのことを雇主でありかつ従兄である野口実に感付かれ再三に亘り厳しく注意を加えられ、昭和三一年八月一二日にも呼付けられて叱責せられたところから、同店に居辛らく感じ、翌一三日夕方頃前記山崎美津江と共に、野口夫妻の旅行不在中の翌一四日早朝を期し、相携えて駈落することを相談し、その旅費及び当座の生活資金に充てるため、原判示のように、同店売上金の保管者である清水イツエ等に、睡眠薬を服用させて同女等を昏酔させた上、右売上金を奪い取ろうと決意し、同日午後一一時過頃、前記パチンコ店二階において、原判示の睡眠薬を同判示のような手段方法によつて服用させたもので、その目的は明らかに売上金の奪取にあり、かつその動機には前記のようなかなり差し迫つた事情があつたため、被告人は所論のように右手段がほとんど失敗に帰したことを懸念しながらも、なお右目的を断念せず、同店内階下の自室において、同女等従業員の熟睡するのを待ち、約二時間余を経過した翌一四日午前一時三〇分頃、前記二階に上り、当初から目標にしていた清水イツエ保管にかかる原判示金銭等を奪い取つたものであるから、右所犯は被告人の犯意からしても、行為の外形からしても前後相合して一体をなす包括的な一罪と認定するのが相当で、所論の如くこれを別個の犯意と機会における別罪なりとするわけにはゆかないのである。しかして、右犯行に用いた睡眠薬の分量が一人当一八錠に過ぎず、しかも清水イツエ等がそのうちのきわめて少量しか服用しなかつたため昏酔の目的を遂げなかつたことは、前記各証拠によつてこれを認めるに十分である。して見れば本件は、被告人が昏酔強盗に着手し、その犯意を継続しながら、その機会に金銭を奪取したが、客観的には原判示のような障害により、昏酔の結果が発生しなかつたものとして、昏酔強盗未遂の包括的な一罪と解すべきものと信ずる。原判決が挙示の証拠により認定した事実も、右と全く同旨に帰するものであつて、同判決の事実認定そのものには誤りはない。論旨は理由がない。

二、法令違反の論旨について、

原判決が併合罪として起訴された昏酔強盗未遂と窃盗の所為とを包括的な一罪と認定したものであることは、同判決の罪となる事実の判示自体によつて明らかであり、その認定の正当であることもまた前記説示のとおりである。して見れば右窃盗は完全に原判示の昏酔強盗未遂罪の中に包含せられ、審判上単一不可分の関係にあるものとしなければならない。しかるに原判決は、右窃取行為をも含む昏酔強盗未遂罪を有罪とし、これに懲役刑を言渡しながら他面右窃盗の訴因事実につき無罪の言渡をしているのである。右は明らかに手続法令の解釈を誤り、判決に影響を及ぼす違法を犯したものとなさざるを得ない。論旨は理由があり、原判決は爾余の論旨について判断を示すまでもなく、破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三七九条、第三九七条に従い原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により、当裁判所において直ちに判決する。

罪となる事実及び証拠の標目、

原判決の罪となる事実の記載中仮屋明子とあるを仮屋昭子に訂正し、証拠の標目として仮屋昭子、中村キク枝及び被告人の検察官事務取扱に対する各供述調書を追加する外、原判決記載のとおりであるから、これをここに引用する。

法令の適用、

法律に照すと被告人の判示所為は刑法第二四三条、第二三九条、第二三六条第一項に該当するところ、未遂犯であるので同法第四三条本文、第六八条第三号により未遂減軽をした刑期の範囲内において被告人を懲役二年六月に処し、さらに、被告人が不遇かつ若年の初犯者であつて、改悛の情も認められること及び本件服薬による被害は認められず、被害金の大部分も犯行後間もなく押収の上その被害者に還付せられ、現在なお若干の実害を残しているとはいえ、その実質上の被害者は被告人と同居していた親族であつて、被告人のためむしろ寛大な処分を希望していることなど諸般の情状を参酌するときは、被告人には右刑の執行を猶予するのが相当と認めるので、刑法第二五条第一項によりこの裁判確定の日より三年間右刑の執行を猶予することとし、原審訴訟費用の一部負担については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 村木友市 判事 幸田輝治 牛尾守三)

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